2024/01/17 23:17

芥川賞・直木賞の発表日に併せ、半年の間に刊行されたアンソロジーのなかでベスト作品を発表する「小声賞」。

3 (202361~20231131日刊行分が対象) の受賞作品は以下の2作品に決定しました。

・『砂漠の林檎 イスラエル短篇傑作選』(河出書房新社)
・『鬱の本』(点滅社)

おめでとうございます。

以下、選考理由です。

◆『砂漠の林檎 イスラエル短篇傑作選』(河出書房新社)

【内容紹介】*版元サイトより

迷宮のような路地で見つけた写真集、不死の老人、ホロコーストの記憶、パレスチナとの紛争など、歴史と不安にさらされる社会に生きる人々を描いた傑作を精選。オリジナル・アンソロジー。

【選考理由】

『砂漠の林檎 イスラエル短篇傑作選』は、イスラエル文学を紹介する第一人者である母袋夏生氏が作品の翻訳と編集を行ったアンソロジーです。ノーベル文学賞を受賞したシャイ・アグノン氏や国際アンデルセン賞を受賞したウーリー・オルレブ氏、ポーランド出身のコスモポリタン作家ダン・ツァルカ氏、若手作家が2000年代に執筆した作品などが収録されています。

本書のあとがきにて、母袋氏が述べる言葉が印象的だったので紹介してみます。

“今回、訳した作品を選んで並べてみたら、期せずしてイスラエルの文学のひとつの流れを示していた。最年長のアグノンも最若手のニカノール・レオノフも「いま」に通じる。上質な作品を手堅く世に問うた作家たちが集まったと思う。必ずしも有名作家ばかりでないところがミソであり、翻訳者の矜持でもある。「少し前の、そしていまの、多分、この先のイスラエル」を知る、いまもなお訴える力のある作品ばかりです。”

本書は、1948年に建国が宣言されてから今日までの、イスラエルにおける文学の変遷を辿ることができる内容となっており、読み応えがあるというのはもちろん、アンソロジー作品として編集の妙を感じさせる一冊でした。

2023
8月に本書が刊行された際、イスラエルの文学作品を読むことができることに心躍り、本としての装丁の美しさに感動し、遠く離れた土地に住む人々に思いを馳せました。

多民族国家であるイスラエルのなかで、中東問題や紛争、民族間の格差などはありつつも、100年に満たない歴史のなかで人と人が交流し、生活と表現が育まれ、地域のなかで豊かな文学が生まれる土壌が育っていったのだと思いました。そして、これからもイスラエルに根差した文学の芽が育ち、花を咲かせ、私たちに物語を届けてくれるのだろうと思っていました。

しかし、2ヶ月後の107日から始まった紛争(あえて戦争とは書きません)をきっかけに世界は一変してしまいました。そして、今、この瞬間も悪い方向に変わり続けています。

平凡な日常を過ごしていても、頭の片隅に、苦しんでいる人たちのことが思い浮かび、純粋に物語を楽しんでいた瞬間には戻れないという現実を前にして途方に暮れています。

現実の世界では、物語のなかで描かれた、“多分、この先のイスラエル”とは違った未来が訪れようとしています。未来が訪れるどころか、物語を紡いでいく未来そのものがなくなってしまう事態に陥っています。

今、このような状況のなかで私たちは立ち止まることはできるのか、立ち戻ることができるのか、今、私たち一人ひとりが判断していかなければならないのだと思います。

半年間のなかで目まぐるしく状況が変わり、この作品を候補作にするのか、また受賞作品にするのか迷う日々を過ごしました。最後まで悩みましたが、私はイスラエルの物語を残し、伝えていく決断をしました。

言うまでもないことですが、この決断をイコールとしてイスラエルを支持しているということではありません。

人が物語を作り、物語は人によって伝えられていきます。今、争いによって人の命が奪われ、世界から物語が失われようとしています。

現実のなかの小さな声を残していくために何ができるのか、小さな声を届けていくために何ができるのか、考えていきたいと思っています。

少しでも穏やかな日々が訪れることを願って、小声賞を贈ります。

おめでとうございます。

◆『鬱の本』(点滅社)

【内容紹介】*版元サイトより

鬱のときに読んだ本。憂鬱になると思い出す本。まるで鬱のような本。

84
人の「鬱」と「本」をめぐるエッセイ集。

この本は、「毎日を憂鬱に生きている人に寄り添いたい」という気持ちからつくりました。どこからめくってもよくて、一編が
1000文字程度、さらにテーマが「鬱」ならば、読んでいる数分の間だけでも、ほんのちょっと心が落ち着く本になるのではいかと思いました。

病気のうつに限らず、日常にある憂鬱、思春期の頃の鬱屈など、様々な「鬱」のかたちを
84名の方に取り上げてもらっています。

「鬱」と「本」をくっつけたのは、本の力を信じているからです。
1冊の本として『鬱の本』を楽しんでいただくとともに、無数にある「鬱の本」を知るきっかけになれば、生きることが少し楽になるかもしれないという思いがあります。

この本が、あなたにとっての小さなお守りになれば、こんなにうれしいことはありません。あなたの生活がうまくいきますように。

【選考理由】

何も書くことないくらいに、点滅社さんの真摯で真っ直ぐな気持ちが伝わってきます。

そして、その想いを本という形にして届けてくれたことに敬意を払います。

「鬱」という言葉だけをとらえると重たい気持ちになってしまうかもしれませんが、日々、生きていくなかで寂しさや孤独を感じる瞬間や気持ちが落ち込む時間は誰にでもあると思います。

そんなときに自分に寄り添ってくれるような言葉があると良い。それは、「できる、やれる、頑張れ」と変化や行動を促すようなものではなく、「Hello?」「How are you?」「調子どう?」と生存確認をしてくれるような、そして「大丈夫じゃなくても大丈夫」と存在を認めてくれるような言葉なのかもしれません。

今、社会は疲弊しています。そして、疲弊した社会のなかで、疲弊しながら生きている人たちがたくさんいます。『鬱の本』は現代社会で生きる人々の心の機微をとらえた一冊だと思います。

『鬱の本』は、今、このタイミングだからこそ世に出す価値のある一冊だと思います。この本だからこそ救われる人がたくさんいると思います。この本があることで生きていくことができる人がたくさんいると思います。

この本を必要としている、一人でも多くの方のもとに届くように小さな願いを込めて、小声賞を贈ります。

おめでとうございます。